
オスマン帝国の宮廷料理「サルマ」
宮廷料理として非常に格式高い前菜または軽食の一種で、主にブドウの葉(ヤプラク)やキャベツの葉に具材を巻いて調理した料理。トルコ語で「巻いたもの」という意味。
出典:Photo by Noumenon / Wikimedia Commons CC BY‑SA 3.0より
「トルコ料理=世界三大料理のひとつ」と言われることがありますが、その土台を築いたのは、じつはオスマン帝国の宮廷料理だったんです。スルタンの食卓を彩った数々の豪華なメニューは、単なる贅沢ではなく、帝国各地の食材と技術を集結させた料理芸術の結晶でした。この記事では、そんな宮廷料理の実態と、それが現代トルコ料理にどう受け継がれたかを、わかりやすくかみ砕いて解説していきます。
まずは、その特徴や成り立ちから見ていきましょう。
宮廷料理はトプカプ宮殿内の巨大厨房「マトバフ」で作られ、約1000人の料理人が帝国各地の食文化を持ち寄って腕をふるっていました。バルカン、アナトリア、アラビア、北アフリカ、コーカサスなどの食材と調理法の融合によって、いわば“味の帝国”が完成していったのです。
ただおいしいだけじゃなく、色合いの美しさや香辛料の使い方にも強いこだわりがありました。甘さと塩味、酸味と油分、柔らかさと歯ごたえ──五感すべてを満足させるバランスが、宮廷料理の美学とされていたのです。
具体的に、どんな料理が出されていたのかを紹介していきます。
ブドウの葉やキャベツで米やひき肉を包んで煮込む料理で、ドルマと並ぶ定番メニューのひとつ。スパイスやハーブを効かせた中身を丁寧に包むことで、味の層が繊細に重なり合うのが特徴です。ギリシャやバルカンの食文化が起源とされ、“巻く技術”が料理の格を示すとも言われた格式高い一皿でした。
米をバターや肉汁で炊き上げた料理で、レンズ豆、レーズン、ナッツ、シナモンなどを加えることも。バルカン由来の素材と中東風の味付けが融合し、主食でありながら芸術品のように仕上げられました。
ブドウの葉や野菜に米や肉を詰めた料理で、甘酸っぱい味わいが特徴。ギリシャ・アルメニア・ペルシャ文化の影響が色濃く、各民族の“家庭の味”が宮廷風に洗練された代表例とも言えます。
羊や鶏、時には魚までを串焼きや壺焼きにした多種多様なメニューが揃っており、肉の柔らかさと香辛料の組み合わせが絶妙でした。焼き方やマリネ方法も地域によって違いがあり、それらが宮廷スタンダードとして再構築されたのです。
食後の甘味や飲み物も、オスマン宮廷では極めて重要な要素でした。
薄いパイ生地を何層にも重ね、ナッツを挟み、シロップをかけた重厚なスイーツ。中央アジア・ペルシャ・アラブの菓子文化を融合させた逸品で、“帝国の象徴的デザート”と呼ばれることもあります。
果汁や花のエッセンスを使った冷たい飲み物(シェルベット)は、食後の定番。特にバラ水、スミレ水、ミント水などは、見た目にも香りにも美しく、暑い気候でのリラックス効果も兼ねていました。
こうした宮廷料理は、どのように民間や現代へと広まっていったのでしょうか?
宮廷の料理人たちは、任務を終えたあと都市部や地方に散らばり、自分のレシピを地元に伝えたとされます。これによって、宮廷の技法が民間料理に“逆輸入”され、トルコ各地でバリエーション豊かな料理文化が根づいていったのです。
今日のトルコ料理の定番──メゼ(前菜)・スープ・肉料理・ピラフ・スイーツといった流れは、ほとんどがオスマン宮廷で体系化されたスタイルの名残。「食事は一つの儀式」という考え方は、今もレストラン文化や家庭料理に受け継がれています。
このように、オスマン宮廷料理は単なる贅沢ではなく、多民族の知恵と美意識が集まった“トルコ料理の母体”として、今なお食卓に息づいているのです。